ハムストリングス肉離れから競技復帰と再発予防 〜見落とされがちな体幹機能と胸郭評価〜
ハムストリングス損傷(Hamstring Strain Injury:以下、HSI)は、スポーツ現場において我々が対応する筋骨格系傷害の中でも、最も発生頻度の高い外傷の一つです。
スポーツ現場では、HSI受傷直後の評価から競技復帰まで、一連の経過を管理する機会を経験します。
しかし、いざスポーツ復帰(Return to Sport:以下、RTS)を判断する場面では、
「どこまで回復すれば復帰可能と判断できるのか」
と悩まれた経験のある先生方も多いのではないでしょうか。
例えば、
奥脇が提唱するJISS分類から予見できるRTSの基準では、
重症度から競技復帰時期の目安が示されています¹)。

表1 2)より引用
一方、臨床やスポーツ現場では、
・股関節可動域やハムストリングス筋力の健患比
・アライメントの評価
・基本動作および競技特異的動作の分析、修正
・筋力テストやアジリティテスト
など、複数の評価項目を組み合わせながら、スタッフ間で情報を共有し、総合的に復帰の可否を判断している施設も少なくないでしょう。
また、2017年に発表されたHSI後のRTSに関するコンセンサス3)では、
医学的な復帰基準として、
・圧痛、収縮時痛、伸張時痛の消失
・ハムストリングスの柔軟性の回復
・医療スタッフによる復帰許可
・選手自身の不安感の消失
などが挙げられています。
しかし、これらの指標を満たしていても再受傷を経験する選手は少なくありませんし、
「この評価ができれば安心して復帰できる」と言える単一の評価法も、
現時点では確立されていないのが実情です。
つまり、現時点では、
あらゆる視点からのアプローチが必要であるということです。
実際、HSIのリハビリテーションや再発予防については、
筋力や柔軟性など患部の機能だけでなく、
受傷歴や身体機能、競技動作など、
さまざまな要因を考慮する必要性が報告されています。4)5)
そのような中で近年、HSIの発生や再発を考える際に、
疾走動作における体幹・骨盤の運動や、胸郭を含めた身体全体の機能にも目を向ける必要性が注目されています。
そこで本コラムでは、
「なぜHSIに対して、体幹を評価する必要があるのか」
という視点から、近年注目されている胸郭や体幹機能との関係について整理していきます。
①HSIと体幹機能
以下にスプリント時の遊脚相の簡易図6)を示します。

HSIの受傷タイミングとしては、遊脚期後半(Late-swing-phase)が最も多く5)、
その際ハムストリングスでは、
・股関節屈曲位での膝関節伸展に伴う遠心性制御の増大
・骨盤前傾、股関節屈曲位での組織長の増大
が生じています。
また、
・前傾走行(体幹・骨盤過前傾)
・バックスイングの増大(足が後ろに流れる)
・ストライド長の延長
などが技術的なリスクを増加させる可能性を示唆し5)、
これらが、遊脚相後半のハムストリングスに対する遠心性制御の活動をさらに増幅させます。
図に遊脚走後半の疾走場面(写真1)を示します。

写真1
この際、注目して頂きたいポイントは、
下位胸郭の前方偏位です。

上位胸郭と下位胸郭の定義 D4セミナーより
とくに腹筋群の機能低下や腹圧の減少が生じると、写真1のような疾走状態が作られ、
上位胸郭に対して下位胸郭が前方位になります。
スポーツ現場では、下位胸郭が「抜ける」という表現がされているように思います。
疾走時の骨盤の前傾は本来、ハムストリングスだけでなく、大臀筋や腹筋群による遠心性制御を受けますが、これらの機能が低下するとハムストリングスに負荷が集中します。
その結果、遊脚相後半という本来最も張力が高まる局面で、さらに過剰な遠心性負荷が加わる可能性があります。
ではどのように評価し、介入していく必要があるでしょう。
②胸郭のマルアライメントと体幹機能について
臨床での評価は、
・呼吸時の胸部、腹部の動向
・下位胸郭のアライメント
・腹筋群の機能評価
の大きく3つです。
まずは仰臥位での呼吸の観察により、胸部と腹部の動向を観察します。
ここでは、主に矢状面上の問題を探ります。
呼吸や、上位胸郭・下位胸郭についてはコチラ↓
https://arch-seminar.com/posturalanalysis/【呼吸と姿勢の関係】/
この際、上位肋骨の可動性の低下、代償的な下位肋骨のRib flare(下位肋骨の前方変位)が確認されることが多いです。
Rib flareのメカニズム7)としては、
代償的下位胸郭の吸気増大
↓
横隔膜によるreverse action
↓
下位胸郭の浮き上がり(Rib flare)
腹筋機能・腹圧低下となります。
立位や片脚立位で、骨盤含め、胸郭との位置関係を矢状面にて確認することも可能です。
しかし、Rib flareそのものが、HSIの危険因子であるとの研究報告は不十分です。
したがって、本稿ではRib flareをHSIの直接的な危険因子としてではなく、
体幹・骨盤の運動制御を評価する際の臨床所見の一つとして扱っていきます。
また、Rib flareを、
下位胸郭のマルアライメントや腹筋群の機能低下を反映する1つの臨床所見として捉えていきます。
次に胸椎、下位胸郭のアライメント評価です。
ここでは主に水平面上の問題を探ります。
左下位胸郭の前方位(図1)を例に挙げますが、
上位胸郭に対して下位胸郭が右回旋をしている場合、下位胸郭は前方位になります。

図1
この際、
骨盤ー下位胸郭
下位胸郭ー上位胸郭
の相対的位置関係を把握してください。
胸郭のアライメントの評価方法はコチラをご覧ください↓
https://arch-seminar.com/posturalanalysis/【基礎】胸郭の触診/
アライメント確認後、座位の回旋テストにより評価を行います。
生じやすい問題点としては、前方回旋側の、
・対側回旋可動域の増大(左右差の増大)
・同側回旋時の伸展代償(図2)
です。

図2
最後に腹筋群の機能評価です。
仰臥位での評価です。
図3のように、一方の股関節を屈曲し、上方から伸展方向に抑え対象者には耐えてもらいます。

図3
今回は体幹部に注目して評価していきます。
・腰椎の伸展(図4)
・一方の下位胸郭の前方回旋

図4
このように、腹筋群の機能低下を疑う所見が見られます。
この場合、腹筋群の機能低下と、下位胸郭のマルアライメントが繋がり、理解しやすくなります。
両側性に問題が生じている場合は、両脚で同様の評価を行ってください。
③今回のまとめ
今回は、HSI後のRTSや再発予防における、体幹機能からのアプローチについてお話しさせて頂きました。
HSIの好発タイミングである、遊脚期後半や、今回は触れなかったFoot-strike時に生じる、骨盤の過前傾に対する遠心性の制御の必要性を伝えさせて頂きました。
HSIは、患部の筋力や柔軟性だけでは、RTSや再発予防に繋げられない要素が多く存在し、動作や身体全体の機能を含めた多角的な評価が重要になります。
今回ご紹介した内容は、日常診察や現場でも評価しやすい内容です。
胸郭や体幹部にまで視野を広げることで、これまで見逃していた問題点が明らかになる可能性があります。
ぜひ、臨床でも応用してみてください。
ご高覧いただきありがとうございました。
スポーツラボ鍼接骨院 千種院
アスレティックトレーナー・鍼灸師
藤田 悦史

「参考文献」
1)奥脇 透ほか:大腿二頭筋肉離れのMRI分類.日本臨床スポーツ医学会誌27:250-257,2019
2)嶋 俊郎ほか:MRIー基本的なみかた.日本臨床スポーツ医学会誌42(2):130-135,2025
3)van der Horst N, Backx FJG, Goedhart EA, et al. Return to play after hamstring injuries in football (soccer): a worldwide Delphi procedure regarding definition, medical criteria and decision-making. Br J Sports Med. 51(22):1583-1591, 2017.
4)Sherry MA, Best TM. A comparison of 2 rehabilitation programs in the treatment of acute hamstring strains. J Orthop Sports Phys Ther. 34(3):116-125, 2004.
5)Green, B., Bourne, M. N., van Dyk, N., Pizzari, T.: Recalibrating the risk of hamstring strain injury (HSI): A 2020 systematic review and meta-analysis of risk factors for index and recurrent hamstring strain injury in sport. Br J Sports Med 54: 1081-1088, 2020
6)宮崎輝光, 藤井範久ほか: 走動作中遊脚期後半における大腿二頭筋長頭と半膜様筋の筋腱移行部に加わる剪断応力. バイオメカニズム 25: 97-111, 2020
7)D4セミナー資料










